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京都地方裁判所 昭和51年(モ)138号 判決

申請人・異議被申立人 井上安嗣

被申請人・異議申立人 日本電信電話公社

代理人 小澤一郎 村中理祐 ほか七名

主文

一  申請人と被申請人間の当庁昭和五〇年(ヨ)第八三七号仮処分申請事件について、当裁判所が昭和五一年一月二二日になした仮処分決定は、これを取消す。

二  申請人の右仮処分申請を却下する。

三  訴訟費用は申請人の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

一  申請の理由1、2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこでまず、被申請人の抗弁について判断する。

1  被申請人は、被申請人と職員との間の服務関係の本質は、現業国家公務員のそれと異なるところがなく、したがつて、被申請人社員の地位は現業国家公務員に準じた地位にあると主張するので検討する。

被申請人は、従前国家行政機関によつて運営されてきた公衆電気通信事業を国からそのまま引き継ぎ、この事業の合理的で能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備及び拡充を促進し、並びに電気通信による国民の利便を確保することによつて公共の福祉を増進することを目的として設立された公法人であり(公社法一条、二条参照)、その資本金は全額政府の出資にかかり(同法五条参照)、その事業の規模が全国的かつ広範囲にわたるものであることなどの顕著な事実からすると、被申請人は極めて高度の公共性を有するものであるといわなくてはならない。そして、右の点から、被申請人は、事業の経営、役員の任免、予算、会計等に関して、国家機関から種々の法律上の規制を受けているのである(公社法九条、二一条、四一条、四八条、七三条参照)。しかしながら、被申請人が高度の公共性を有する公法上の法人であるということから、直ちに被申請人に関するすべての法律関係が公法的規律に服する公法上の関係であると解することは困難であるのみならず、被申請人が国家行政機関から完全に分離した独立法人であつて、その事業が経済的活動を内容とすることなどからすると、被申請人と職員との関係は基本的には一般私企業における使用者と従業員の関係とその本質を異にするものでなく、私法上のものであると解される(最判昭和四九年二月二八日民集二八巻一号六六頁以下参照)。右のとおり被申請人の職員の地位は私法上のものであるから、職員に対する懲戒処分の性質も同様に解され、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的内容とする公法上の地位をもつ公務員のそれと異なるが、右公共性に照らし、被申請人の職員は公社法三四条により厳正な服務が要請されており、<証拠略>によれば、被申請人は職員の服務基準として就業規則を定め、同規則五九条に懲戒に関する規定を置き、同条に基づき懲戒規程を定め、職員が非違行為を行なつたときは、当該職員の非違を戒め、公社秩序を維持するため、その事案を調査し必要があると認めるときは速やかに懲戒処分を行なうこととされていることが疎明される。

2  抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

3  申請人の非違行為の内容について

(一)  申請人が被申請人主張の時刻に大西に対し本件泊出張につき抗議し、同主張時刻頃に来客応接中の大西を呼び捨てにし、同主張時刻に大西より注意を受け、この直後大西の左頬に一回暴行を加えたこと、その直後大西が暴行確認をなし、ボデ箱上に倒れ、当日病院で診察を受けたことは当事者間に争いがなく、右事実についてのその前後状況からする事実のもつ意味、及びその余の事実に争いがあるので以下検討する。

<証拠略>を総合すると本件非違行為の内容が以下のとおりであることが疎明される。

昭和五〇年九月一八日午前一一時頃、営業課出納窓口に客が来たが、担当職員が席をはずしていたところ、申請人は受付席で待機中であり、しかも自らも出納事務を処理する資格と権限を有していたにもかかわらず、また大西は執務室の奥のやや離れた応接席で岡三証券京都支店長代理加藤良一外一名と営業上の面談中であつたことが明らかであるにかかわらず、大西に対し、抗議の意味も含めことさらに大声で「大西、大西」と課長をその姓を呼び捨てにして窓口客と応待するよう促した。やむなく申請人の後の席で執務中の米林係長が右客と応待して収納をすませ、その場を処理した。大西は応待していた客が帰つた直後、申請人に注意しようとしたが同人が見当らなかつた。

そこで同日午後二時半過ぎ頃、大西は、受付に偶々客がいなくなり、受付の職員も申請人だけになつたのを見計らつて申請人の席へ出向き、中腰で申請人に対し、「井上さん、大声で怒鳴らんでも静かに話してくれ、井上さんも学校を出ていることだし、分つているでしよう。そういうことをすると人格にかかわりますよ」等と静かに注意をし始めた。これに対し申請人は、ゆえなく、ひとり、これを自己、さらには西山分会への中傷、誹謗と理解し、聞くにたえないものと感じ憤慨し、「しつこい」と言い返し、これに対し大西が重ねて注意をくりかえすと、申請人は興奮して再び「しつこい、お前とは話をせん」と反抗的に言い放つため、大西も興奮して「お前とは何ですか」と反発したところ、申請人は急に立ち上がりざま、平手で大西の左頬を一回殴つた。続いて、殴られた大西が反射的に申請人の両肩に手をおき偶々前方にあつた時計をみて、「二時三七分、暴力をふるつた」と叫んだところ、申請人はさらに大西の胸を手で突いた。このため、大西は後方のボテ箱上に尻もちをつく格好で倒れ、反動で眼鏡がずれ、尻を打ち、全治三週間の口唇部裂創、臀部打撲傷(通院は同日、同月二四、二五日のみ)を受けた。

以上のとおり認められ、右に反し申請人は、同人は激昂、立腹したものでなく、大西の中傷、誹謗に対しその場を離れようとしたもので、大西の手をふりほどこうとしたまでで胸を突いてはいない旨主張し、同旨の<証拠略>は前掲各疏明に照らし、また、当時申請人に出納権限がなかつた旨の<証拠略>は<証拠略>に照らし、夫々措信できず、大西の右注意を申請人、西山分会に対する中傷、誹謗と解するに足る疎明資料はない。また、他に右認定を覆すに足る疎明もないので、申請人の右主張は採用できない。

(二)  以上の事実を被申請人就業規則懲戒事由規定(同五九条)に照らしてみると以下のとおりである。

申請人が大声で大西の姓を呼び捨てにしたこと及び大西の左頬を平手打ちし、胸部を突いてボテ箱上に転倒させ、右傷害を与えたことはいずれも、同五九条七号(「職員としての品位を傷つけ、または信用を失うような非行があつたとき」)、八号(「職務上の規律を乱し、又は乱そうとする行為があつたとき」)、一八号(「第五条の規定に違反したとき」、同規則五条八項「職員は、局所内において風紀秩序を乱すような言動をしてはならない」)に各該当し、また二時以後に大西が申請人の席で申請人の午前中の行為に「静かに話してくれ」云々と注意しついでこれに「しつこい」「お前とは話せん」等と反抗する申請人に対し「お前とは何ですか」等と反発した一連の行為は、少くとも大西が職場秩序維持のため申請人に対し職場で大声を出すことを禁じかつ上司の注意に対し静かに対応することを命令する趣旨を含むことは明らかであるから、これに対し右反抗的言辞を大声で発し、さらに暴行に及んだことはまさに上長の右命令に服さない旨の態度をとつたことに該当すると解しうるから同規則五九条三号(「上長の命令に服さないとき」)に該当し、したがつて以上一連の行為は公社法三四条に違反するというべきであるから、さらに就業規則五九条一号(「公社法または公社の業務上の規程に違反したとき」)に該当することは明らかである。

なお、申請人は同条一号は具体的根拠規定が明らかにされていないから、処分根拠としてあげることは誤りである旨主張するが、懲戒の各場合において違反する公社法と業務規定等の各法条は容易に判別しうるものであるから、同一号は懲戒処分の根拠となしうると解することができる。また、申請人は、非違行為の就業規則五九条八号を除く同規則該当性についてるる反論するが、これを要するに、一個の非違行為が法的評価の結果、数個の構成要件を定める各号に該当すると解することはその各号が法条競合関係とみられず、各別々の趣旨で規定されたものであるかぎり何ら違法はなく、前記該当性を肯定する各号がそれぞれ別々の趣旨の規定であることは明らかであるから法的二重評価を非難する所論はまず独自の見解で採用できず、その余の所論は前記認定の事実関係と異なつた事実を前提として就業規則該当性を否定しているものであるから、いずれも採用できない。

三  再抗弁1(懲戒権濫用)について

1  前提問題

ところで、被申請人と職員の法的関係が私法上のそれであること前述のとおりであるが、被申請人の前記のような高度の公共性から、被申請人の職員は単なる一般私企業のそれと異なり、一般社会から公共性の高い企業に勤務し、その職務に専念しているものとしてこれにふさわしい評価を与えられているのである。他方、公社法三三条一項には、被申請人の職員が懲戒事由に該当する行為をなした場合、懲戒権者は懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる旨規定されているが、当該職員を処分すべきかどうか、また処分するときにはどの処分を選択すべきかについては、その具体的規準を定めた法律上の規定はなく、また、被申請人の就業規則(<証拠略>)、懲戒規程(<証拠略>)にもこれにつき明確な規定も存しないのである。以上のところと右懲戒権が職員の非違を戒め、被申請人の秩序維持を図ることを目的として与えられるものである点からすると、右懲戒権者は職員の懲戒に当り、右懲戒の目的達成を図る見地から、懲戒事由に該当する行為の態様のほか、その原因、動機、状況、結果、さらに当該職員の右行為の前後における態度、処分歴等諸般の事情を総合勘案した上で、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定しうるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合してなされるものである以上、平素から社内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故に、右判断については懲戒権者の裁量が認められているものと解せられる。したがつて、懲戒権者の処分の選択が当該行為との対比において甚だしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものでないかぎり、懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとして、懲戒処分の効力を否定できないものと解すべきである。

なお、公務員と被申請人の職員の各法律関係が異なること前記認定のとおりであつて、被申請人の職員に比べより高度の公共性を有する公務員にあつては、その公共性の高度性の故にこそ懲戒処分の裁量権の範囲もおのずから広くなり、その裁量が社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に限つてその効力を否定すべきものと解されている(最判昭和五二年一二月二〇日、民集三一巻七号一一〇一頁等)が、公共性の程度の低い被申請人の職員に対する懲戒裁量の範囲は右公務員の場合と同一視しえず、前示の限度に止まるというべきである(前掲最判昭和四九年二月二八日、なお最判昭和五五年一二月二三日判例タイムズ四三〇号四八頁等参照)。もつとも、懲戒処分のうち免職処分は被申請人の職員たる地位を失わしめるという他の処分とは異なる重大な結果を招来するものであるから、他の処分の選択に比較し特に慎重な配慮を要することは明らかであつて、右のような慎重な配慮を要することを勘案したうえで、裁量の範囲を超えているかを検討してその効力を判断すべきことはいうまでもないところである。そして、当然のことながら、右判断に当つては、裁判所が懲戒権者と同一の立場に立つて、いわば白紙の状態からその事案についてどのような処分をすべきかを審理判断し、その結果と当該懲戒処分とを比較するのではなく、結局、懲戒裁量が合理的限界をこえたといえるか否かの観点から右裁量判断において総合勘案される行為の態様、原因、動機、前後の態度等諸般の事情を検討し審理判断すれば足りることになる(前掲最判昭和五二年一二月二〇日参照)。

2  裁量における勘案事情の検討

そこで、前記観点より本件について裁量判断において総合勘案されるべき諸事情と、その争点につき逐次検討する。

(一)  本件非違行為に至る経過と申請人のかかわり

(1) (争いのない事実)

西山局区域に電話加入権の需要増があつたこと、課長交渉と称するものがもたれたこと、昭和四八年一二月に安田が申請人らに対し二六項目メモを約束したこと、その内容がほぼ主張どおりであること、双方上部機関が主張の頃二六項目メモ整理を指導したこと、大量移動があつたこと、主張職場交渉で当局における慣行並びにヤミ休等の凍結の申し入れがあつたこと、大西が赴任した際、申請人から二点の申入れをし、これを大西が凍結を理由に拒否したこと、両者間に対立緊張関係が生じたこと、申請人が主張の組合役職歴を経て来たこと、大西が日額出張旅費の取扱いを変更したこと、申請人が昼当番の交替を申し入れ、大西がこれを拒否したこと、同五〇年四月営業課に一名の要員増があつたこと、申請人から担務替えにつき職員の意見をとりまとめたいとの申入れがあつたこと、同年八月申請人が工支担務につき抗議し、大西が時間内にできるだけやつてもらえばよい旨答えたこと、同年九月一六日大西が申請人に翌日の本件泊出張につき通知したことは当事者間に争いがない。

(2) (二六項目メモ成立経緯)

前項争いのない事実に<証拠略>を総合すると以下の事実が疎明される。

(ア) (団交方式と職場委員の地位)

被申請人と全電通は、昭和二七年以来、団体交渉方式に関する協定を締結し、この方式に従つて団体交渉を進めてきた。右協定によれば、団体交渉は、中央交渉委員会、地方交渉委員会、支部交渉委員会及び職場交渉委員会を設置して行うものとしている。職場交渉委員会は、西山局を含む電報電話局等四一種の各事業所に設置され、被申請人及び全電通から各委任を受けた労使各七名以下の職場交渉委員によつて構成されている。また、各交渉委員会の団体交渉事項は、当該交渉委員会が設置される被申請人の各機関の管轄する職員にかかる事項についてであつたが、特に職場交渉委員会については、権限外事項及び管理運営事項について現場機関における団体交渉の混乱を防止するよう義務付けられている。そして、右協定の覚書によれば、団体交渉で双方一致した結論並びに団体交渉の経過は、できるだけ速やかに文書により記名調印することとされている。

そして、西山分会は、西山局に勤務する被申請人の職員で構成された全電通の下部組織であるが、その性格は全電通の支部の補助機関であつて、その機能は分会における組合業務執行の最高の責任を持つことと職場活動にあり、これを受けて分会執行部の機能は、組合員の要求をまとめて団体交渉を軸として職場闘争をおこし、指導する、全組織として闘われる闘争を指揮する、職場活動を集約し、分会全体の行動として推進すること等にあり、その活動をより活発かつ適確に行なうため職場委員を設けている。その職場委員の任務は、執行部を補佐して諸活動を実践し、職場、課、係の要求や問題を常に把握し、執行委員会に反映するとともに、執行委員会での討論経過や結論、団体交渉のもよう等を適確に組合員に伝え理解と支持をうることである。そして執行部は投票等厳格な選出手続により多数の意志の代表として選出されるが、職場委員については右のような厳格な選出手続が定められず、自選、又は他選によることとされている。

したがつて、西山局における被申請人の労使間における協約上の団体交渉機関は、西山分会の執行委員等職場交渉委員として選出された者であつて、西山分会における職場委員は何らその権限を有しないものとされている。

他方公社職制においては職場委員には各種法規上特段の権限、資格、役割を認める規定はない。

(イ) (西山局の繁忙と二六項目メモ成立)

西山局では、昭和四八年頃をピークとして、大規模な電話架設及びこれに伴う工事支障等のため繁忙となり、これに対し被申請人においても同四九年一月、同年三月又び同五〇年三月に各一名の要員増をするなどして対処してきたものであるところ、西山分会では右繁忙による労働条件の低下につき、大都市局との格差是正を求める動きが活発となつた。そして、西山分会では右運動に際し、いわゆる課長交渉、すなわち、職場懇談会あるいは課長と職場委員らとの話し合いによつて、職場に日常生じる具体的問題の解決を図るとの活動方針がとられた。

右活動方針を受けて、同四八年一一月三〇日、当時西山分会営業課職場委員であつた申請人は、安田に対し職場委員の資格を明記した自己を作成名義人とする職場要求書を提出したが、同年一二月三日安田は大むねこれを認めない回答書を申請人に渡したところ、同日午後五時頃、右回答を不満とする申請人ら一五、六名の西山局員らが安田の席に押しかけ「こら春松、西山がどんなところか知らしたろか」等と怒鳴り、さらにその後西山局二階の休憩室で数十名の者らが約一時間にわたり安田を取り囲んで、同人の態度を非難した。翌四日午前九時頃、西山分会事務室に呼び出された安田は、約一五名の者から「昨日のことは反省したか、考えを改めたか」等と責め立てられ、また、同日午後五時過ぎ頃右休憩室において申請人ら一〇名くらいの者らが前同様に安田を取り囲んでその態度を非難し、同人に対し「春松お前はいつになつたらおれたちのいうことが守れるのか」等と怒声等をあびせたうえ、引き続き申請人が先導して右一〇名くらいの者と会議室に入り、申請人から安田に対し前記申請人作成の職場要求書とほぼ同内容の二六項目事項の記載された書面が呈示された。安田が自己の権限で決められるものでなく、このような問題を討議する気持はない趣旨の発言をすると、申請人は「お前は今さら何をいうか」と言つて荒々しく机をたたき、強引に審議に入つた。安田は右書面につき修正、削除を要求したが聞き入れられず、さらに申請人の中から「二六項目が解決するまで何日でもかん詰の状態で続ける。今夜も食事抜きで続ける」趣旨の発言があつたりした。ために、安田はあきらめ気味になり、申請人より手渡された前記呈示メモ書面を書き直してくることを約して、午後八時半頃解放された。翌五日、安田が若干の修正をした書面を申請人に渡すと、申請人は「こんなものはいかん」等と言い、再び同日午後五時半頃から午後八時まで右会議室に申請人初め、前日と同じメンバー約六名が集まり、結局同日午後九時頃、申請人提示の書面どおりに清書することを約して漸く解放された。そして安田は、同日夜これを清書して署名押印し、翌六日申請人にこれを渡し、かくして出来上つたものが二六項目メモである。ところで右二六項目メモの内容は丁寧な約束文章形式でかかれ、「工事支障関係業務については課長がやります」「窓口、出納を担当します」「担務編成については職員全員が決めたことを事後承認とします」「昼当番は課長がやります」「免許未取得者に対しては本人の申出により、その訓練に必要な時間(半日)を付与します」等のように、課長の自由処分ができない職制法規上の課長権限の内容にかかわる項目が含まれ、課長権限で可能なものは、職場懇談会の月一回開催、各種会議への参加に際し、事前事後の全員討議報告の場の設定の二項目に過ぎず、これとて本来課長が係長等の意見を参考としつつ、業務上の必要性を勘案して自由な裁量判断により決すべきものであり、「ソフアー購入」等五項目は西山局として予算の枠内で決定可能なものであるが、局内上部機関との十分な打合せなくして課長が直ちに約束できる性質のものではなかつた。

以上の事実が疎明され、右認定を覆すに足る疎明資料はない。なお、申請人は、二六項目メモは、安田が西山局長、次長、庶務課長に相談しつつ作成されたもので、西山局もその作成経緯を許容していたから、右メモは強要によつて作成されたものではない旨主張し、<証拠略>によれば、安田は右メモの作成にあたり、西山局長、次長、庶務課長らに相談していたことは疎明されるけれども後記認定の同メモの破棄に至る経緯等の事実経過に照らしてみれば、右事実から直ちに西山局が同メモの成立経緯を許容していたとは到底解されず、又同メモのもつ問題性が解消するものでもない。また右メモ作成経緯に関する<証拠略>はいずれも<証拠略>に照らし俄かに措信し難い。また被申請人の右メモが合意として不成立あるいは真意に基づかない無効なものである旨の主張は右認定事実及び後記凍結経緯に照らし採用できない。

(3) (二六項目メモの破棄の経緯とその効果)

<証拠略>を総合すると、次の事実が疎明される。

二六項目メモを知つた西山局の上部機関である京都都市管理部は、これに対応する組合組織である京都支部に対し、二六項目メモは組合の行き過ぎであるから破棄すべく指導するよう申し入れ、同支部もこれを了承し、双方の指導に基づき昭和四八年一二月一四日、西山局において二六項目メモが破棄された。ついで同四九年二月の定期人事移動に際し、西山局では安田は大和榛原電報電話局長に転任し、その後任に大西が配転される等、線路宅内課を除く全課長が交替することとなつたところ、その事務引継の段階で、二六項目メモが未だ事実上行なわれており、ほかにも二六項目メモと類似する内容のものが正規の職場交渉によらずに作られていることが判明したため、同年二月二〇日、京都都市管理部と京都支部とが、正規の団体交渉機関以外の場において形成を余儀なくされた事項等については両者の間で整理、凍結し、その旨双方が下部機関を指導していくことを合意し、これに基づき、同年三月八日、西山局において正規の職場交渉が開かれ、正規の団体交渉機関以外の場において形成された当局における慣行(以下、本件慣行という。)並びにヤミ休暇、ヤミ超勤、ヤミ出張のすべては上部機関へ吸い上げられ、凍結されること、労働条件上の問題を協議する場であり労使対等の原則の支配する団体交渉の正規のルールは職場交渉であつて、職場懇談会は正規の団体交渉ではないこと等が確認された。そしてこの団交の中で組合側は公社側に各職場での話し合いにおける結論という意味での職場の意見を今後尊重することの確認を求めたのに対し、公社側より職員の意見は尊重するが、職場とは作業指揮権をもつ課長とこれに服する課員としての職員関係として対処し、従来の右話し合いの場であつた職場懇談会は労使の正規の話合いではない旨の見解表明が重ねてあり、職員と組合員をどうして分けるのか、職員と労働者は同じではないかとの組合側の主張に対し、公社側より労働者が労務を提供する場である勤務時間中すなわち職場では、労働者は企業の経営秩序に服する義務があり、この秩序としての就業規則の制約を受ける関係であつて、作業指揮権をもつ上司たる課長とこれに服する課員たる職員関係であつて、そこでの紛議は窓口で団交になじむものか否かを整理し、これになじむものだけが正規の職場交渉で処理するべきものであることが詳しく強調された。

そして大西は、昭和四九年三月一一日朝、課員に対し、二六項目メモ、ヤミ慣行、ヤミ協約、ヤミ出張等が、前記のような経緯により凍結された旨を周知し、申請人に対しても、その頃、営業課休憩室で通知した。さらに、同日午後、自動車学校から帰つてきた申請人に対し、大西が、明日からは時間外に自動車学校へ行くよう指示したため、申請人は翌日から年休で行くようになつたが、しばらく後、「課長の腹で時間内に運転免許を取りに行かせろ」と要求し、これを断わられた。

以上の事実が疎明され、これに反し、申請人本人尋問の結果中には、本件慣行が凍結されたことを全く知らなかつた旨の供述があるが、右供述は<証拠略>に照らしたやすく信用できないし、また、証人小川の、同四八年一二月一三日に西山局労使間で一部を除き二六項目メモを守つていく旨確認がなされた旨の供述(一、二回)も右同様たやすく信用し難く、他に右認定を左右する疎明資料はない。

なお、申請人は、右凍結措置は一方的、高圧的であつた旨主張するが、右事実認定に照らし採用しえない。

また、申請人は昭和四九年二月の西山局の大量人事移動が反組合的意図を伺がわしめる特別のものである旨主張し、これに沿う<証拠略>もあるが、いずれも憶測のきらいがあり、俄かに措信し難く、他にこれを疎明するに足る資料はない。

以上の事実関係によれば、二六項目メモはもとより、同四九年三月八日現在行われていた本件慣行、ヤミ休暇、ヤミ超勤、ヤミ出張等は全て凍結されてその効力を失い、被申請人が右に拘束されないことは明らかである。したがつて、凍結以後は、凍結事項中、課長権限事項は、課長が右凍結慣行にかかわりなく妥当な方法と裁量により専決すれば足り、その余の凍結事項の復活、修正等の問題は、もはや、労使双方とも一課長、一職場委員が直接関与しうる問題でなくなつたこととなる。

なお、申請人は右凍結は凍結事項の範囲、上部段階での整理、処理方法、凍結中の諸問題の扱い方等不明のままで、西山局のかかえる繁忙対策も提示しないでとられた措置であつたため、西山局の労使関係に深い傷痕を残し、後記営業課の対立関係発生の遠因となつた旨主張するが、前示のとおり、凍結範囲は不明とはいえず、その他の上部での処理方法、繁忙対策等の問題については、凍結時に一挙に協定されていなくても、西山分会としては組合の正規のルートを通じて正規の団交により、或いは組合上部組織へ強力に働きかけて上部の団交により、右問題点を処理する正規の手段方法が現存するのであるから、右問題点の扱い方が不明とはいえず、また、この正規の処理方法に期待できない等特段の事情の疎明資料もないのであるから、右一挙に協定しなかつたことより直ちに凍結が傷痕を残したということができず右申請人の主張は当らない。

(4) (申請人と大西の対立緊張関係)

(ア) (申請人、大西の基本姿勢)

<証拠略>を総合すれば、以下の事実が疎明される。

大西は、赴任後上司圓井より注意を受けたこともあり、営業課の従前の服務関係は問題を含むものとの理解に立つて、爾後の服務規律を厳格に維持しようとし、凍結及び課長と課員関係についても前示凍結の際の団交における公社見解と同じ見解に立ち、同趣旨に沿う課長対職員関係を几帳面かつ忠実に維持確立しようとした。申請人は熱心な組合活動家で昭和四五年一〇月から同四八年九月まで三期西山分会の執行委員であり、同一〇月以後は自選により職場委員となり、自己が労使間交渉の場と考える場合においては激しい言辞をもつて管理者に当つて来たところ、勤務時間中における職場においても、課長との関係を、管理者と職場委員としての労使関係としてとらえて、全電通活動家手帖記載の「服務線表をはじめ、要員配置、人事任用、配置転換、その他諸計画の実施や、作業手順方式変更、福利厚生施設の拡充、職場環境の整備、レクリエーシヨンの実施などについて、職制の一方的支配を排除、日常の協議体制を確立する」こと等を内容とする職場での日常的組合活動の推進に励んで来た。そして、二六項目メモについては、職場の主人公は申請人ら組合員であるという申請人らの考え方を具体化したものと積極的に、高く評価し、また自ら積極的に参加し同メモの合意が事実上形成された場である所謂課長交渉が労働者の正当な大衆底辺行動であるとの考え方をもつていたので、右メモ凍結に対してもこれを被申請人の暴挙とみて強い不満をいだいていた。

以上のとおり認められ、右事前協議が労使中央団交で取決められた事前協議制に基づくものである旨の申請人の供述は協約上の根拠資料乏しく採用できず、他に右認定を左右するに足る資料はない。

なお、前記「活動家手帳」も上部の被申請人労使機関が締結した労働協約及び就業規則等公社の企業秩序に抵触する行動まで許容、奨励するものとまで認めるに足る資料はない。

(イ) (対立緊張関係の推移)

<証拠略>を総合すれば以下の事実が疎明される。

(a) (大西着任時の要求)

昭和四九年三月頃、申請人は大西に対し、凍結状態であるということであるが職場改善のため課長権限でできることは実現してほしいと前置きして、カギ休振替(カギ休等週休とは、完全週休二日制に至るまでの暫定措置として被申請人と全電通との協定により設けられたもので、同協定には同休暇を定着させるため、みだりに変更してはならない旨の付帯条項が付されていた)を認めること、工支担務を従来どおり課長がなすことの二点を申入れた。これに対し大西は後者については従来の申請人らの認識のように課長専属の担務と了解したわけではないが、当時膨大な未処理書類が滞つており、又客の納得を得るために課長が担当するのが適している例が多かつたため、一応これを引継ぐこととし、前者については「凍結状態である以上できない。こんな状態を惹起した君は、今までのやり方を真剣に反省すべきです」と答えて、これを拒否した。

(b) (日額出張費一律要求)

西山局においては、従来、日帰り出張旅費について、出張の有無にかかわらず課員全員に毎月四、五回分一、〇〇〇円程度の出張旅費を支給する取扱いがされていたが、大西は、右取扱いが正規の職場交渉により約束されたものではないから、前記のとおり昭和四九年三月八日の合意により凍結されたものと考え、右取扱いを改めて、発令に基づき実際に局外で仕事をした者にのみ旅費を支給することとし、昭和四九年三月一五日から右出張者は帰局後就業規則二〇条の規定どおり出張復命書を提出するよう課内に指示した。ところが、申請人は従来どおり全員に日帰り出張旅費を支給せよと再三要求し、従来の取扱いは凍結されたといつて右要求を認めない大西に対し、課長権限を誇示する態度であると受けとめ、同年四月二五日「課長権限でそれくらいはできるはずだ」「これを認めなければ今後職場の運営に協力しない」と、同年六月三日「一人歩きできなくなるぞ」と、同月一四日「これが最後の要求だ、これをのまねば重大な決意をせざるをえない」とそれぞれ放言した。

(c) (昼当番交替問題)

申請人は、安田課長時代より昼当番について元来これは組合員が恩恵的に担当しているものと考え、安田に対する交渉を有利に展開するための手段として昼当番拒否を課員に呼びかけたこともあつたところ、大西の前示の対応に対し昼休み時間に職場集会を開くことを決め、大西に対し昼当番組合員と交替して昼当番を担当することを申し入れたが、大西は課長が昼当番を担当することは凍結事項に当ると考え、拒否した。そこで申請人がこの問題を西山分会にもち込み分会執行部の正式要請の結果大西も、右交替を了解するに至つた。

(d) (寿司の寄付要求が発端の暴言)

昭和四九年一〇月二一日、申請人は同月二三日の電々記念日につき「前課長は寿司を出した。課長は出さないのか」と言い、大西が「公社が茶菓子を出す」、「言われて出すようなものではない」と答えると、「寿司を出さないならば当日はどうなつても知らんぞ」と言つた。翌二二日、申請人は右問題のため昼休みに職場集会を開くこととしたため、大西が「昼当番は残してくれ」と言つたところ、申請人は大声で「昼当番はさせない」、「昼当番は恩恵的にやつているんだ」、「課長がやれ」、「ばかやろ、ばかやろう」と怒鳴り、静かにするよう注意した大西の顔に自分の顔をすり寄せて「ばかやろう、ばかやろう」と怒鳴り、さらにそこへ来合わせ「こんな奴と話をするな」と口走つた服部次長に対し「なに、老いぼれ次長のばかやろう」と大声をあげ、同次長より「客がいる、静かにしなさい、業務命令だ」と帰席就務の注意をされて自席に戻つた。同次長は申請人の罵声におどろいていた客に対し謝罪したが、同客より「お客を前にしてなんだ」と非難された。(なお、同月二三日、大西が申請人に対し五、〇〇〇円を渡したところ、申請人は「少ない、受取れん」とつき返したが、大西がとにかく受取らせ、記念日行事は予定どおり実施された。)

(e) (担務編成替問題)

昭和五〇年四月一日付で営業課に一名の増員があり、これに伴う課員の担務替えが行なわれることとなつた。申請人は担務決定は本来職場委員が課員全員の意思を組合民主主義の方法により定め、これを課長が事後承認的に、形式的になすべきものと考えて来たので、大西に対し「職場の意見もあるので、とりまとめたい」と申し入れた。大西が「本来的には課長権限で決定すべきことであるが、職員の希望も聞く。」と答えたので、申請人は一任されたものと考え、課員のアンケートなどをまとめて、これを検討し、他方大西も各係長の意見を聞いて自らの担務案を作成し、各係長をして係員に説明させ検討させていたところ、同月一五日に申請人がとりまとめた結果を報告したが、大西は業務運営上支障があるとして反対し、結局、伊関係長案と申請人案の対立が生じたので、同月一七日、課員を集めて右問題につき懇談会が開かれた。協議の進むうちに申請人の案には賛成が多いといえないこととなるや、申請人は「皆の真意はわかつた。明日から新入社員は出納もさせない」と怒鳴つて、退席してしまつた。結局、大西が担務変更を決定したが、申請人は大西の伊関係長に対する指示を組合活動に対する悪質な介入と理解していたので、同月二一日、大西が右案を申請人に示すと、申請人は「課長権限を発動して職場の意見集約中に中止させた、あやまれ」、「ばかやろう、ばかやろう」などと放言した。

(f) (大西のカギ休振替要求拒否とその後の申請人の反抗的態度)

昭和五〇年七月一六日、申請人は野球の練習という個人的な理由のためにカギ休の変更を要求したが、大西は認めなかつたところ、申請人は「変更しないのなら、今後昼当番はやらん」と反発し、大西より昼当番は仕事だからやるよう促された。引続き翌日は申請人が昼当番に当つていたが、申請人は「わしの要求をのまない限り昼当番はしない。」、「これ以上課長と話をする必要はない。今後課長とものを言わない」、「お前ら下級管理者と話すのも気分が悪い」と放言し、大西が課長命令である旨明示して昼当番を命じても、これを無視する態度をとつた。そこで二人の係長が申請人を説得したが、きき入れず結局米林係長が代つて当日の昼当番をつとめた。

その後、申請人は大西の業務上の連絡あるいは指示についても返事をせず、無視する態度をとり続け、本件非違行為に至つた。

(g) (工支担務肩代りの指摘問題)

昭和五〇年七月二九日、その頃大西が従前自ら担務して来た工事支障関係事務を、課員を指導して課員にやらせるようにして行つたところ、申請人は、右事務は前記(a)の際課長がなすものと確認済であるとの考えに立ち、大西に対し、なし崩し的に課員に肩代りさせている旨指摘、抗議し、これに対し大西は「時間内にできるだけやつてもらえばよい」旨答えたところ、申請人はこれを問答無用の答弁と受けとめた。

(h) (職場懇談会出席拒否)

大西は、昭和五〇年九月一七、一八日に課員三名を泊出張させることとし、右計画について課内に周知するため、課員を二分して同年八月二一日と同年九月三日の両日に職場懇談会を開催することに決めた。申請人は右八月二一日懇談会に欠席したため、大西は九月二日及び三日の両日懇談会に出席するよう申請人に指示したところ、申請人はこれまでの大西の態度を、職場委員としての申請人の存在を意識的に無視し続ける独断的行為と考え、これに対する抗議表明のためと考え、「課長とはものを言わない。出席しない。」と言つて出席を拒否したため、右九月三日の懇談会も申請人欠席のまま開催され、本件泊出張に関する説明がなされた。

以上のとおり疎明され、右認定を覆すに足る疎明資料はない。

なお、申請人は凍結対象範囲につき、日額出張費配分に関し出張の有無を問わず課員全員に一律に四ないし五回の日額出張費を支給する扱いが結局ヤミ出張に当らず、右凍結に含まれない旨主張し、これに沿う申請人の供述もあるが、出張しない者に出張旅費を支給するものである限り特別の疎明もないのでやはりヤミ出張に当るという外なく、右供述は採用し難く、結局凍結対象内というべきである。また、申請人は出張復命書提出指示につき課長権限誇示と結びつけて主張するが、他に特段の主張立証もないので、右指示は当然の課長権限の行使に過ぎず右主張は根拠なく採用できない。

また、申請人は、西山局においては、担務編成替については課員が話し合つて決め、これを課長がそのまま形式的に決めること、及び、泊出張についても、その慰安的側面のゆえ、事前に職場委員を中心として職場で協議の上でその詳細を決めること、カギ休振替についても希望によりこれを認めること、の各慣行があつた旨主張し、これに沿う<証拠略>もあるが、右はいずれも凍結後自然発生し慣行に成熟したものとの趣旨ではなく、また凍結前若くは凍結後において正規の団体交渉により合意されたことの疎明がないので、たとえ、凍結前に右主張のような取扱いがなされていたとしても、凍結の対象に入り、その後は職場慣行として扱いえないものというべく、したがつて、以上の判示に反する申請人の主張はいずれも理由がない。

(ウ) (対立関係におけるその余の問題と総括)

申請人は、凍結後西山局の営業課を除く他課において、カギ休振替、泊出張の事前協議、担務変更の事前職場協議等凍結前の種々の慣行が実施されるようになつた旨主張し<証拠略>には右主張に沿う部分もあるが、いずれも瞹昧で、前認定の凍結の内容、経緯並びに右の各点に関する申請人の前認定の諸要求において他課では既に同様取扱いがなされていることがその要求の理由として強調されていたことを認めるに足る疎明がない等弁論の全趣旨に照らせば、そのままの趣旨ではにわかに措信できず、他に右凍結前慣行の復活若くは凍結後に新たに慣行として形成されたことを疎明するに足る資料はない。

次に申請人は、大西は元来協約を知らず、いたづらに課長権限を強権的、高圧的に行使してこれを誇示し、日常生活でもやはり拒否的かつ反組合的対応に終始したもので、管理者として不適格者であつたもので、これに比べ、申請人は生来真面目で優秀な人材で本件非違行為当時においても職場の信頼を多数得ていた旨主張する。元々課長権限の「誇示」の意味が瞹昧であるのみならず、<証拠略>によれば、職場交渉の場で大西が核心を適確についた発言ができず、表現にまどろつこしいところがあつて圓井局長より注意を受けたことが二度あることが疎明されるに過ぎず、申請人主張に沿う<証拠略>はいずれも瞹昧で、推則を述べるものであるから、俄かに措信できない。また、仮にフロ券、葬儀参列拒否事実があつたとしても、その動機、理由等が申請人主張の意図に出たものであることを疎明するに足る資料もない。そうだとすると右拒否事例、上司より注意を受けたこと及び前示(ア)(イ)認定の大西の一連の行動、就中、(イ)(C)の組合集会時の昼当番交替要求に対し、二六項目メモを意識しすぎたためか融通性に欠ける対応をした点を総合しても、大西に関する申請人の右主張事実及び不適格性を推認するに足りず、また、申請人の長所についても<証拠略>には申請人主張に沿う部分もあるが、いずれも具体的根拠に乏しく、感想をのべるきらいがあり、前記(ア)(イ)認定の申請人の一連の言動及び後記認定の勤務態度に照らせばそのままにわかに措信できず、他に前記主張内容の大西の欠点及び申請人の長所に関する事実を疎明するに足る資料はない。よつて、以上の申請人の主張はいずれも採用できない。

(二)  本件非違行為直前後の状況

昭和五〇年九月一八日午前九時頃申請人が大西に対し、本件泊出張について抗議を申し込んだことは当事者間に争いがなく、前項認定の諸事実に<証拠略>を総合すると次の事実が疎明される。

(1) 大西は、前記((一)(イ)(h))のとおり、本件泊出張についての職場懇談会を二度に分けて開き、課員に説明し、また、昭和五〇年九月一六日には右懇談会に出席を拒否していた申請人に対しても、念のため「九月一七、一八日佐々木係長、奥畑、小森さんが電館へ泊出張するが、受付係長が不在になるのでたのむよ」と告げたが、申請人はこれに対しても無言のままでいた。ところで、従来から、申請人ら組合活動家は、慰安出張は、これを名実ともに課長権限で決定されると課内組合員の団結切りくずし手段に利用されるのでこれを防止するためと、残留職員の労働条件にかかわるので、労使一致してなすべきものであつてそのためには事前に職場委員が中心になりその詳細を協議して定め、これを形式的に課長が事後決定するべきものと考え来たり、さらに申請人は営業課ではこのような取扱いが労使慣行として存し、凍結後もこれに拘わらずなお厳守さるべきものと考えていたので、翌一七日に至り、申請人は前記出張が泊出張であることを確知するや、これを慰安出張の性格をもつもの、したがつて、大西が独断専行するものと速断曲解するに至つた。そして翌一八日午前九時二〇分頃、右の考えに基づき抗議をするため、自席より大西の席にわざわざ赴き、本件泊出張につき事前に職場委員である申請人に告げなかつたとして「西山局の慣行を知らんのか」等と抗議し、これに対し大西が、事前に職場懇談会で職員に周知させ、また、同月一六日には申請人に連絡した旨説明したところ、「訓練かと思つた」、「この頃課長は独断でやつていることが多い」、「今後出張はやらせない」等と放言し、さらに、大西が「出張命令は、本来課長が発令するものであり業務命令である」と反論するや、申請人は、「今後、課長を課長と呼ばない、おれが便利に使う」と怒鳴つた。なお、同日午前一〇時頃申請人より分会対応の要求を受け、分会書記長小川一雄がさらに大西に対し「なんで事前に井上君なり私なりに言つて来なかつたのか、あやまつたらどうか」と申し入れをしたが、大西は、組合や職場委員に話をする必要はない旨答えた。引き続いて同日午前一一時頃の本件非違行為発生に至つた。

(2) 前示本件暴行直後、大西がそばにいた米林係長に「見たか」と確認を求めたのに対し、同人が「見た」と応答したところ、申請人はその直後に西山分会長に呼ばれて部屋を出て行く際、申請人は通りぎわの執務中の米林に対し「米林さん、あんたとは対決するからな」と捨てぜりふを残して去り、引き続き同日はそのまま自席にもどらず、上司に無断で執務を離れた。

(3) ついで本件事件の一、二日後、申請人が昼当番にあたつていたので、大西が申請人にその旨伝えたところ、申請人は本件事件以前と同様に「昼当番をやらん、課長が自分でしろ」と放言して拒否し、二人の係長の説得も聞き入れず、ためにその内一名が代つて昼当番をなした。

以上のとおり疎明され、右認定に反する<証拠略>はいずれも措信できず、他に右認定を覆すに足る疎明はない。

(三)  申請人の改悛の情と謝罪意思

<証拠略>を総合すると、申請人は本件事件の当日、早速西山分会に対しては組織に迷惑をかけた旨謝罪したが、他方大西及び西山局に対しては一度も謝罪したことがないこと、昭和五〇年九月二二日頃、京都都市管理部が京都支部を通じて申請人の謝罪意思を確かめたところ、申請人は「謝る言葉が見当らない」と答えたこと、当時の京都支部小倉委員長が同人の公社に対する謝罪指導に対し申請人のとつた態度はかたくなな態度をとり続けたものと認識していたことが疎明され、以上の事実に前記(二)判示の申請人の事件後の態度を総合すると、申請人には本件につき改悛の情及び謝罪意思がなかつたものと推認される。なお、申請人は改悛の情も謝罪意思もあつた旨主張し、証人小川、同野村及び申請人はいずれも、申請人は本件につき悔悟しており、同年九月二五日小川から謝罪意思を確認され、翌日謝罪する旨答え、この旨西山分会を通じ京都支部に伝えた旨供述するが、右供述はいずれも<証拠略>に照らし信用できず、他に右認定を覆えすに足りる疎明はないので、申請人の右主張は採用できない。

(四)  申請人の勤務態度

<証拠略>を総合すると、所定の出勤時間の基準を入門時間とするか着席時間とするかにつき被申請人、全電通間に議論があつたものの、西山局の服務規律には乱れが多く、ために昭和四九年二月一五日西山局長より全課長に対し職員の出退時間の乱れを注意し、その状況を記録するよう指示があり、これを受け大西は営業課員の出勤時間を毎日チエツクし、遅刻者に対して厳重に注意して来たところ、申請人は所定の着席時間八時三〇分を守らず、出勤状況が非常に悪く、すなわち、昭和五〇年七月から同年九月の三ヶ月間において、出勤すべき日五八日中早朝年休の三日を除く五五日にわたり、最短一五分間から最長四五分間もの遅刻をなし、この間の出勤着席時刻は八時五五分がわずか七回で、他はすべて八時五七分以後で、九時以後が三八回にも及び、他の同僚に比べ著しく悪く、これに対し、大西より再三にわたり注意を受けても、或いはこれを無視し、或いは「しつこい」、「がたがたいうな」、「いちびりやがつて」、「そつちが言うことを先にきけ」(同年七月二九日)、「世帯持の下級管理者とはものも言わぬ」(同年八月二六日)などと反抗的言辞を弄し、一向に反省の色を見せなかつたこと、また申請人は被申請人から支給される制服を着用しないことが多く、同じく大西より注意を受けても無視したこと、執務時間中無断離席をすることが多かつたことが疎明され、右認定に反する<証拠略>は<証拠略>に照らし、いずれも措信できず、他に右認定を覆すに足る疎明資料はない。なお申請人は、被申請人の出勤管理については全般的に寛容な面があり、申請人の遅れはその許容範囲内である旨主張するが、同主張にそう<証拠略>は、右遅刻の程度及び<証拠略>に照らし措信できず、他に右主張事実を疎明するに足る資料もないので、右申請人の主張は理由がない。

(五)  本件非違行為に対する被申請人の対応状況

昭和五〇年九月一九日被申請人が現場検証を実施したことは当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すれば、次の事実が疎明される。

(1) 被申請人懲戒規程によれば、所属長は所属職員等に懲戒該当事実があるときは、すみやかにその事案を調査し、処分権限者に上申すべく(一一条)、本件のように、通信局長が懲戒処分をなすときは、通信局副局長等からなる懲戒委員会の処分の可否、量定についての審査結果の答申に基づいてなし(一一条の二)、処分は原則として非違発覚後二ヶ月以内に行なうべきものとされ(一二条)、被処分者に対し、事前に陳述弁明をきく、所論聴問を行なうべき旨の規定は右懲戒規程、就業規則上も存しない。

(2) 本件事件当日、偶々、京都都市管理部で機関長会議が開かれており、これに圓井局長、京都都市管理部吉田次長が出席していたところ、この会議中に西山局庶務課長より圓井局長に本件事件が報告され、さらに通知を受けた関係者が本件事案を執務時間中の上司に対する暴行の点のみで既に悪質重大事案と評価したこともあり、即刻処分権者である通信局長、さらに本社にまで連絡され、下部段階で然るべき工作の余地がなかつた。他方京都都市管理部、近畿通信局より対応労組に本件発生の通知がなされた。

(3) そこで、事件の翌日処分権者により現場検証が行なわれたが、その際被申請人は、大西からは事情聴取をなしたが、同じ現場の自席にいた申請人からは右聴取をなすことがなく、その後も始末書の提出を求めることもなかつた。つづいて近畿通信局で二、三回、大西課長、圓井局長より、京都都市管理部でも西山局管理者より、業務日誌等により種々事情聴取がなされ、併せて京都都市管理部吉田次長より京都支部執行部を通じ申請人に謝罪の意思の存否の確認がなされ、右意思のない旨の京都支部よりの回答を受けて後本件懲戒免職処分がなされた。

(4) 通信局上部段階では本件事案申請人の従来からの勤務態度、謝罪もせず、反省の色のない点等を総合判断して、一旦は刑事告発措置をとることを考えたが、最終的には申請人の将来を考え温情として右告発をとりやめた経緯がある。

以上のとおり疎明され、右認定を覆すに足る疎明資料もない。そして、組織法規がなくても事前に聴問等弁解の機会をとるべき法理はこれを認めるに足る資料がなく、本件懲戒該当行為が現行犯的態様のものであり、申請人が事件直後前記((二)(三))のようなかたくなな態度を固持していた点に照らせば、右認定の事実関係から被申請人の審理が片手落ちな粗略なものでことさらに性急に進められたものということは到底できず、他にこの点を疎明するに足る資料もない。よつてこの点の申請人の主張は理由がない。

(六)  本件に対する組合の認識と態度

<証拠略>によれば、本件直後の昭和五〇年一〇月一五日の京都支部委員会において、冒頭支部委員長より本件問題に対する支部執行委員会の考え方が明示され、その要旨は、本件事件の発端である労使慣行は既に分会労使で話し合いがついていたものであり、書記長を分会に派遣して対策を立てたが、職場では申請人の正当性を支持する体制はえられない状況であり、既に本社に連絡されていることもあり、更に職場、支部全体で労使問題として闘うにしても総意をとりつけることが非常に困難であるため、地方本部と連絡の上本件裁判闘争を支部として支援できず、これに関する反組織行為には厳しく対処して行くというものであつたこと、裁判闘争支援決定権は中央本部にあるところ、未だに支援決定はないこと、ただ京都支部はその後事態の推移に応じて対処することとして来たが、同五四年四月の京都支部執行委員会の支持決定が同年六月四日の支部委員会において承認されているが、右委員会の態度の変化は、本件に対する当初の前記認識の変化によるものではなく、本訴の進行過程の中で被申請人の組合攻撃姿勢がみられると判断するに至つたことに基づくものらしいことが疎明され、右認定を覆すに足る疎明資料はない。

(七)  過去の懲戒処分例と公社の処分基準の存否

<証拠略>によれば、被申請人はこれまで申請人主張どおりの免職処分及び停職処分をなしたことが疎明される。しかし懲戒処分は前記のとおり諸般の事情を総合勘案して裁量の上なされるものであるところ、各事件における右諸般の事情の外処分権者の処分基準等特段の事情について何らの疎明もない点に照らせば、右暴行事例四件から直ちに申請人主張のように単純暴行に対しては停職処分に止めるという被申請人の処分基準を推認することはできない。よつて右主張は採用できない。

3  事実関係の評価

以上認定の事実及び本件非違行為の具体的事実(前記二3)によれば、まず、申請人の本件非違行為は、勤務中職場において、直属の上司に対し、自らなしうる業務を代替させようとして営業課顧客の面前で同人の姓を呼び捨てにし、これを注意した同人に対し右注意を自己及び分会への中傷・誹謗と曲解して反発興奮して暴言をはき、突発的短絡的に顔面を殴打、突き倒し傷害を加えたという一連の処為であつて、被申請人の企業秩序に対し直接かつ重大な侵害を与えかつ、顧客の企業に対する信頼感を失わせるおそれが大きいものであり、その態様も質の悪い方に属するといえ、大西の受傷も全治三週間の診断を受けたものであつて軽微なものと言い去ることはできず、したがつて、右受傷の主傷である臀部打撲症が、偶々足許にボテ箱があつてこれに転倒したためであり、偶然の要素が強いこと、右暴行行為は短時間でおさまり、これによる業務支障の程度はそれほど大きなものではなく実際の治療を受けた回数がわずかであつたこと等を考慮しても、申請人の本件非違行為自体の情状は軽いとはいえない。

つぎに、本件背景事情としての本件非違行為に至る経緯をみると、その実態は、そもそも西山分会における申請人らの組合活動に行き過ぎたところがあり、これを上部労使間の合意に基づき、西山局における現存慣行等問題ある取扱いの凍結というかたちで是正したものであるにもかかわらず、申請人はこれに強い不満をいだき、自らが獲得した凍結前の慣行等の復活を意図し、凍結直後から組合組織上も正規の交渉権限がなく、公社職制上も何らの資格、役割も認められていない職場委員の資格で、同じく協約上団体交渉権限がなく、職制上は上司たる課長に対し、勤務時間中の職場内において、職場委員の独自性を明示的黙示的に主張して、凍結の関係で一課長としてはどうにもならない無理な要求を次々と出し、これを拒否し続けた大西に対し反抗し、結果として両者間に対立緊張関係を一年半以上もの長期にわたり醸成せしめ、しかも右反抗は労使対等原理による団交においてままみられるような罵倒的言辞を弄する等の激しい態度でなし、あげくの果ては上司を無視する反抗的態度の継続にまでたかまつたものである。ところで、大西においても就業規則に忠実のあまり、また二六項目メモ凍結を意識し過ぎ、また前任者時代に乱れていた職場秩序の確立維持にやや性急に過ぎたきらいがあり、その性格も几帳面過ぎやや融通性に欠けるきらいがあり、また申請人の要求の殆んどが私的個人的問題でなく同人の抵抗感情も全くの私怨に基づくものではなく職場委員としての自意識過剰によるもので、活動家手帳の実行に熱心の余りなされたものであるといえるけれども、他方職場委員の活動限界、組合活動と勤務中の職場秩序の関係の理解が容易である点、凍結前の職場の激しい状況と二度の労使上部機関関与による凍結という経緯のもとにある現場管理者のおかれた立場に照らすとき、それでもなお、前記対立緊張関係発生の主要原因は申請人にあり、少なくとも申請人の前記度重なる反抗的態度は、課員の課長に対する行動として著しく節度をこえ、就業規則上の服務規律(二章)に違反し、被申請人企業の職場秩序を乱すものと法的評価をされてもやむをえないものといわざるをえない。そうだとすると、以上の本件に至る経緯に、本件非違行為の態様、申請人の本件直前後の態度、謝罪に関する態度を総合すれば本件非違行為もまた、自らが主要原因となる前記対立緊張関係における反企業秩序的態度の延長としてあらわれたものと評価できるのであつて、到底申請人主張のように単純な暴行傷害事案と評価し去ることはできない。さらにまた、前記対立緊張関係内の申請人の言動傾向からみれば、本件暴行の起因となつた大西の注意ないし説諭の言辞にやや適切さと慎重さを欠いたところがあつたことは否めないが、前示のとおり、これを申請人主張のように職場委員たる申請人及び西山分会に対する中傷、侮辱、揶揄と解するに足る疎明資料もない点に照らせば、申請人主張のようにこれから直ちに本件暴行が大西の意図的挑発により誘発されたものとは到底評価することはできず、他に大西の挑発意図を疎明するに足る疎明資料もない。よつて以上の説示に反する申請人の主張はいずれも採用しえない。

4  懲戒裁量の合理性欠缺の存否

そこで叙上の全事実関係と評価に基づき本件懲戒裁量に合理性の欠缺があるかにつき検討する。

前記のとおり懲戒処分の裁量判断においては非違行為の外諸般の事情を総合勘案してなされるところ、まず申請人は本件懲戒手続を申請人の弁解をきかずになしたため、弁解聴取の際の事情が勘案されていない点で裁量が不当であるというが、弁解をきかないことが不適法でないことは前示のとおりであるのみならず、前認定の本件事案、就中、本件事件後の申請人の態度に照らせば、仮に右弁解の機会が設けられたとしても、この弁解のなかで懲戒裁量をなすに当り申請人に有利に考慮すべき事情が判明したとは到底認められないから、右弁解を聴取しなかつたことは本件懲戒裁量の合理性欠缺の根拠事由となしえない。

つぎに、申請人は、本件処分が、被申請人のこれまでの同種類似の懲戒処分事例に比して過酷にすぎる旨主張するので検討するに、本来、懲戒処分の軽重を比較するには、単に非違行為の概括的態様、結果にとどまらず、その原因、動機、具体的態様等懲戒処分選択に際して考慮すべき諸般の事情一切を考慮してなされるべきものと解する。これを本件についてみるに、前認定の事実によれば昭和四七年三月から同五五年九月までの間に被申請人がなした懲戒免職処分例は、そのほとんどが窃盗等の刑事犯を犯した場合であるが、右の間における職場の上司に対する暴行傷害事例については全て停職三ヵ月ないし一〇ヵ月にとどまつていること、しかし、右各処分例は、いずれも概括的な非違行為の態様と結果のみの報告であつて、それらの原因、動機、具体的態様、結果等、懲戒処分の選択に際し考慮すべき又はされた諸般の事情については何ら詳らかにされていないことが明らかであるし、他に本件疎明上右諸般の事情の何たるかを疎明するに足る資料もない。そうだとすると、前認定の処分例の事案と本件事案とを比較して、その懲戒処分の軽量を判断することは困難であつて、直ちに処分の均衡を論ずることはできない。よつて、申請人の主張の他の処分例との対比も直ちには本件懲戒裁量の合理性欠缺の根拠事由とはなしえない。よつて申請人の右各主張は理由がない。

そして、前記検討した諸事情以外に特段の事情の疎明もないところ、前記認定事実関係のうち申請人に有利な事情を十分斟酌し、かつ免職処分を選択するにあたつて、その性質上特別に慎重な配慮を要することを勘案しても、なお、前記検討した諸事情のうち、本件非違行為内容、その動機、態様(二3)、これに至る経過中凍結後の申請人のかかわり(三2(一))とその反企業秩序性、本件非違行為の前後の申請人の態度(三2(二))と改悛の情、謝罪意思のなかつた点(三2(三))、申請人の平素の勤務態度不良(三2(四))を総合して勘案してみる限り、右に検討した全諸事情によつても未だ本件非違行為に対する懲戒処分としては停職処分を以つて足るとか、行為と処分の均衡を失している等本件非違行為につき免職処分を選択した判断が社会通念に照らし合理性に欠けるとまではいうことができない。そうだとすると、本件処分が裁量の範囲をこえた違法なものということができない。よつて申請人の懲戒裁量濫用の主張は理由がない。

四  再抗弁2(不当労働行為)について

申請人が、入社後全電通に加盟し、主張どおりそれぞれ京都都市管理部分会集計課職場委員、西山分会執行委員、同分会営業課職場委員を担当してきたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、昭和四九年四月、前西山分会書記長であつた森健一が京都都市管理部へ、同五〇年四月、前西山分会青年会議長であつた小島宏が同都市管理部へ、同年六月、西山分会営業課職場委員であつた小西正輔が京都三条営業所へそれぞれ配転になつたことが疎明され、申請人が本件処分の不当労働行為該当根拠事情として主張するその余の点については、前項で判示認定した事実関係が疎明されるに止まり、右事実関係を総合しても、被申請人が申請人の組合活動を嫌悪していたもの、ひいては本件処分が不当労働行為意思に基づきなされたものとは到底推認するに足りず、<証拠略>にも本件処分が申請人の組合活動を排除するためになしたものとする部分もあるが、にわかに措信しえないし右事実を疎明するに足る資料もない。

したがつて、本件懲戒処分が不当労働行為であるとの申請人の主張はその他の点についての判断を待つまでもなく理由がない。

五  結論

以上の次第で申請人に対する本件処分は有効であり、右処分の無効を前提とする申請人の主張は理由がなく、結局本件申請はその被保全権利の疎明を欠くものというべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく申請人の本件仮処分申請は理由がなく、却下されるべきものである。そうだとすると本件異議申立は理由があるというべきである。

よつて、右異議を認容し原決定を取消し、申請人の本件仮処分申請を却下することとし、民訴法八九条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本昭一 田畑豊 筏津順子)

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